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 【生涯学習】

《公開講座記録》【人間学で読み解く現代社会】第1回 カウンセリングにみる現代の心

第1回
●2020年10月3日(土) 午後1:30
●テーマ:カウンセリングにみる現代の心
●講師  高嶋 雄介 人間関係学科 准教授

内容

1、 心の病をどう考えるか

風邪をひいて内科に行く、歯痛になって歯医者に行く。そういったことに比べて、こころの苦しみをどうにかするためにカウンセリングに行くことは、一般的には敷居が高いことであろう。それは、どこかでカウンセリングに行くことは意志や気持ちが弱い、あるいは、精神に問題があっておかしいといった偏ったイメージがあるからかもしれない。しかし、そうではないだろう。

たとえば、風邪の症状について考えてみよう。風邪による発熱や咳といった症状はとても不快ではあるが、それは侵入してきた細菌やウィルスから体を守るための反応である。そして、人の体はそうした反応を経て、細菌やウィルスに対する抗体ができ、それらを退ける新たな力を身につけたり、共に生きていくための新たなウィルスとの関係性を築いたりしていく。こころの病に伴う様々な症状も、ある意味では、風邪に伴う咳や発熱と同様だと考えられる。つまり、心の病に伴う症状は主観的にはとても不快で、一刻も早く取り除きたいものであっても、それは、今までとは異なる感じ方、考え方、あるいは、新たな対人関係や人生を手にしていくことに伴って生じる反応だとも考えられるのである。

こうした考え方は、個人の問題として症状を捉える観点であるが、ここでもう少し広く別の観点からも考えてみよう。鈴木(2019)は精神科を訪れる患者を「坑道のカナリア」とたとえる。かつて炭坑で働く人たちは、カナリアの入った鳥かごを携えて坑道に入って行った。炭坑内の空気には一酸化炭素などが発生していて、気がついた時には身動きがとれず死に至るということがあった。カナリアは人間より敏感なので、人間の身体には影響のないような僅かな空気の変化にも反応する。炭鉱夫はそれを見て坑道内の空気の変化を察知したのである。つまり、鈴木は坑道内の空気を社会の空気感や時流に、カナリアを精神科を訪れる患者になぞらえて、こころの病を抱える人たちは、われわれが生きている社会や時代の変化にいち早く気がつき、影響を受け、そこで生きるべく格闘している人たちだと述べているのである。このように、こころの病とは単に個人の要因によるだけではなく、社会の在り方とも密接に関連していると言えるだろう。

2、心の病と日本社会の変遷

こころの病が社会の在り方と密接にかかわっていることは、こころの病には時代によって流行があるということも一つの証左であろう。社会学者の知見を借りると、戦後日本は、1945-60年までの「理想の時代」、60-75年の「夢の時代」、75-95年の「虚構の時代」、それ以降の「動物化の時代」に区分できる。理想の時代には、「大きな物語」や「第三者の審級」といわれる様々な物事の良し悪しを判断する基準や進むべき方向性が社会全体で共有されていた。こうした時代においては、理想から逸脱することによって、恥や恐怖を喚起される「対人恐怖」に苦しむ人が多かった。夢の時代は、少しずつ大きな物語の力は失われはじめ、社会性を帯びた理想よりも、個人主義的な夢が追求される時代であった。この頃には、社会や共同体の基準、方向性、人々を下支えする力が弱くなっていったため、その代わりに、過度に理想化や脱価値化しながら、家族などの狭い範囲の関係性にしがみつく「境界例」が増加した。そして、虚構の時代は、大きな物語が失われ、小さな物語、すなわち、個々人が信じる多種多様な基準・価値観という考えが強くなり、様々な基準・価値観が横並びに乱立するようになった。それに伴って、人格においても一つの中心がなくなる多重人格などの「解離性障害」、あるいは、様々な選択肢の中から、どの何の価値観や基準も選ばず、社会に参入しない「社会的ひきこもり」が注目を集めるようになった。

3,カウンセリングにおける現代的な心の特徴

そして、2000年代は、動物がそうであるように、他者を必要としない、あるいは、他者がいない動物化の時代といわれるようになった。この頃、時を同じくして、増加が指摘されたのが「発達障害」である。発達障害の病態は様々であるが、精神科医の内海は、発達障害の基本障害は「他者からこちらに向かってくる志向性に触発されない」点にあるとした。人は他者からの眼差し、関わり、志向性によって、触発され、自己が形作られていく。したがって、他者の志向性に触発されないと、自己が未形成であったり、自他が未分化な状態のままにとどまったりするのである。実際に発達障害と診断されるのは狭い範囲の人たちであるが、現代社会において、こうした発達障害的な傾向をもつ人が増加していることは、多くの臨床心理学者や精神科医が指摘するところである。


4、現代的な特徴をもつ人たちのイメージ

カウンセリングにおいては、箱庭療法や描画などを用いた芸術療法がおこなわれる。こうした技法は、従来、作られた世界や描かれたイメージには、心の状態が映し出され、その内容を共に味わったり、解釈したりすることで、治療が進み、変化していくという前提に立っていた。ところが、先に述べたような、自己が未形成であったり、自己の感覚が曖昧、不確実であったりする、いわゆる発達障害的、現代的な特徴をもつ人たちは、心の内側が映し出されるとされる作品の内容以前、すなわち、作品を作ること自体に難しさが表れる。その難しさ自体が一つの特徴とも言えるだろう。しかし、そういった人たちも定められたカウンセリングの枠組みの中で、カウンセラーと様々な体験を実感をもって共有されていくと、自己という感覚がゆっくり育まれていく。


5、終わりに

現代社会においては、多様な価値観があり、様々な生き方が認められるようになった。科学技術も進歩し、世界は広がり、あらゆることの選択肢も増えている。多くのことが便利になり、効率的に手早く、スムーズに進むようになっている。そうしたことの恩恵を受け、人々は生きやすくなっている。しかし、そうした社会の在り方が反対に、確固とした自己感を育みにくい状況を作り出しているとも言える。現代社会の可能性や機会をいかすには、まずは、定められた狭い範囲での実感を持った人との関わりが大切になるように思われる。

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