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 【生涯学習】

《公開講座記録》【「大和学」への招待 ─王寺の歴史と文化─】第3回 保井芳太郎と歴史研究

第3回
●2020年10月4日(日) 午後1:30
●テーマ: 保井芳太郎と歴史研究
●講師  黒岩 康博 歴史文化学科 准教授

内容

保井芳太郎(明治14年~昭和20年)は、葛下郡(のち北葛城郡)王寺村久度に生まれた蒐集家・郷土研究者である。郡山中学校(現郡山高校)を中退後は農業に従事しつつ、小学校教員・村会議員・銀行員も務めたが、それら生業のかたわら、明治末頃から古瓦や大和関係古文書を蒐集し、歴史研究も行っていた。保井の名は、『郷土研究家名簿』(昭和5年)・『大和蒐集家人名録』(同7年)へも掲載されていたが、蒐集・研究の対象となる「郷土」の範囲は、自らの研究が進むにつれ、広がっていった。

最初に保井が興味を惹かれたのは、出生地の久度・王寺村とその周辺地域の歴史である。明治期の王寺村では、近世地誌の流れをくむ「王寺村村誌」(明治14年頃)が編纂され、『大和北葛城郡史』(同37・38年)という地域史も、奈良県内で最も早く刊行された。そうした流れをうけて、芳太郎の叔父でかつて王寺村村長をつとめた保井仙吉は、「王寺名所記」や「王寺孝霊天皇御陵記」(大正2年頃)などと題して王寺村史の材料を集めていたが、この知的活動は芳太郎に大きな影響を与えたらしい。

大正期に、古代から近代にいたる歴史概説書である「久度略記」(同4年奥書)と、名所案内記『龍田案内』(同13年)を記した保井は、阪奈を中心とした学者・文人との交流を示す『王寺懐古』(昭和10年)を私家版で刊行した後、王寺研究の集大成である『大和王寺文化史論』(同12年)をまとめる。知己友人らに依頼して、自然科学から宗教・経済分野にわたる研究論文を網羅した同書は、王寺に対する「郷土愛」のたまものであった。

保井が本格的に研究を始めた大正初期は、奈良県史蹟勝地調査会が発足し、斎藤美澄編の地誌『大和志料』(大正3~4年)が刊行され、「奈良県風俗誌」と県内各郡史(誌)が編纂されていく時期であった。この中で保井は、大正10年に奈良県史蹟勝地調査会地方委員を嘱託され、同時に地方委員となった高田十郎(奈良県師範学校教員)ら地元研究者と交流して、大和史学会の創設(同12年)に貢献する。

機関誌『やまと』(のち『大和史学』)の刊行はあまり長続きしなかったが、大和史学会は保井の著書を発行する版元として存在し続け、昭和3年には古瓦蒐集・研究の集大成である『大和古瓦図録』を出版した。古瓦に関しては、同年に鹿鳴荘から『南都七大寺古瓦紋様集』も出している。これら2冊と、瓦という遺物に対する興味が、飛鳥・白鳳寺院の沿革・遺跡へも発展した『大和上代寺院志』(同7年)をあわせて見てみると、保井の蒐集・研究対象とする「郷土」が、大和国全体へと拡大していることが分かる。

また保井は、自ら蒐集した古瓦や古文書といった資料により研究成果を発表するだけでなく、所蔵資料の展観や目録化も積極的に行った。大正後期から催されるようになった「郷土資料展覧会」には度々出品し、展示品が保井の所蔵品のみで構成されている時もあった。『家蔵郷土研究史料図書目録 大和之部』(昭和7年)の序にあるように、目録は他の研究者の便のために編纂され、『保井家古文書目録』(同15年)と「大和史料目録」其の一(『大和史学』特別号、大正13年)にまとめられた保井所蔵の古文書類は、その後天理図書館へと収められ、閲覧に供されることとなった。

こうして、王寺・大和国の歴史研究を着実に積み上げてきた保井であったが、その先に待っていたのは郷土=日本を対象とする事業への参画であった。昭和13年、紀元2600年記念へ向け、政府は「神武天皇聖蹟の調査保存顕彰」事業を開始するが、翌14年奈良県南生駒村がこれに呼応して鳥見山霊畤(神武聖蹟)の候補地に名乗りを挙げた際、保井は同村のアドヴァイザーをつとめたようである。同村の運動は結局実らなかったが、この際に集めたものか、保井は同19年に神武天皇関係資料の展覧会を自宅で行っている。

以上のように、保井の歴史研究のあゆみは、「郷土」の範囲の拡大とともにあり、その過程では同好の士である蒐集家・研究者との交流が、重要な役割を果たしたと言える。

◎参考文献
乾健治編『大和蒐集家人名録』山本書店、昭和7年
大西伍一編『郷土研究家名簿』農村教育研究会、昭和5年
岡島永昌「保井芳太郎のコレクション形成とその背景」久留島浩ほか編『文人世界の光芒と古都奈良—大和の生き字引・水木要太郎—』思文閣出版、2009年
黒岩康博『好古の瘴気—近代奈良の蒐集家と郷土研究—』慶應義塾大学出版会、2017年
永島福太郎「保井文庫とその来歴」『ビブリア』5、1955年
永島福太郎「保井文庫と保井芳太郎さん」『ビブリア』66、1977年

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