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 【生涯学習】

《公開講座記録》【ことばと文学】第2回 「大和名所図会」と「吉野葛」

第2回
●2020年10月31日(土) 午後1:30
●テーマ: 「大和名所図会」と「吉野葛」
●講師  西野 由紀 国文学国語学科 教授

内容

寛政三(一七九一)年に出版された『大和名所図会』は、江戸時代後期に流行した「名所図会」の名をもつ地誌群のシリーズの三作目にあたります。本文と挿図とで構成される「名所図会」には、神社仏閣などを描く鳥瞰図だけでなく、祭礼行事を描く歳時図や当世の風俗を描く風俗図が収載されています。さらに『大和名所図会』では和歌に詠まれた風景や説話、伝説、物語などに取材した故事説話図がくわえられ、以後、「名所図会」にはおもに鳥瞰図、歳事図、風俗図、故事説話図の四種の挿図がみられるようになります。

ところで、昭和五(一九三〇)年に発表された谷崎潤一郎の『吉野葛』は、「小説家と思われる「私」が南朝の秘史を取材するために、一高時代の友人で大阪に住んでいる津村と連れ立って吉野山を探訪した」(高桑法子「『吉野葛』論——言語的歩行者の語りとして——」)ときのことを回想しながら展開していく物語です。この『吉野葛』には、語り手である「私」が『大和名所図会』に記された解説や挿図について言及する場面が二箇所あります。この点については、たとえば、「同作には古典作品を参照している箇所が多い。(略)近代的な観光地化をしつつある場所とは異なる、前近代的な場所の描出ともいえるだろう。」(清水智史「「紙片」を再興する—谷崎潤一郎「吉野葛」と近代日本の観光—」)などと指摘されています。つまり、おおくの古典文学の舞台ともなった吉野の原風景を描出するために、「名所図会」を活用したというのです。では谷崎は「名所図会」のなかからどのような記述や挿図を抽出し、作品に取りこんだのでしょうか。またその記述や挿図に取りあげられた土地について、江戸時代のほかの資料ではどのように紹介されているのでしょうか。

まず一箇所目、「その二 妹背山」では「大和名所図会などにも、「菜摘の里に花籠の水とて名水あり、また静御前がしばらく住みし屋敷趾あり」とあるのを見れば、その云い伝えが古くからあったことであろう。」と記されています。「私」と「津村」とは菜摘の里の大谷家を訪ね、当家に伝わる、源義経が静御前に贈ったとされる「初音の鼓」をみせてもらいます。直前のこの場面で、「名所図会」の記述を根拠にしながら、菜摘に「初音の鼓」があることの妥当性(あるいは歴史的背景)に言及しているのです。

つぎに二箇所目、「その四 狐噲」では「貝原益軒の和州巡覧記に、「宮滝は滝にあらず両方に大岩ありその間を吉野川ながるる也両岸は大なる岩なり岩の高さ五間ばかり屏風を立たるごとし両岸の間川の広さ三間ばかりせばき所に橋あり大河ここに至ってせばきゆえ河水甚深しその景絶妙也」とあるのが、ちょうど今私たちの休んでいるこの岩から見た景色であろう。「里人岩飛とて岸の上より水底へ飛入て川下におよぎ出て人に見せ銭をとる也飛ぶときは両手を身にそえ両足をあわせて飛入水中に一丈ばかり入て両手をはれば浮み出るという」とあって、名所図会にはその岩飛びの図が出ているが、両岸の地勢、水の流れ、あの絵の示す通りである。」と記されています。この記述を詳細にみてみると、どうやら谷崎は『和州巡覧記』を実物から引用したのではなく、孫引きをしていたことがわかります。ここに記された文章は「名所図会」の「岩飛びの図」の上部に記された解説の一部の抜粋になっているからです。さておき、ここで「名所図会」の「岩飛びの図」を取りあげることによって、「私」と「津村」との眼前にある風景を、読者はよりリアリティのある場面として受け止めつつ、物語を読みすすめることができるのだといえます。

『大和名所図会』の出版からさかのぼること二十年弱、明和九(一七七二)年の春、本居宣長が宮瀧へ訪れたときのことを『菅笠日記』に記しています。「私」と「津村」とがみた「あの絵の示す通り」の風景を目の当たりにして、宣長は「いとおそろしくて。まづ見る人の心ぞ。きえ入ぬべき。」と恐怖します。谷崎がこの宣長の言を知っていたかどうかはわかりませんが、益軒、宣長が目にし、そして「名所図会」に描かれたその風景は、谷崎の時代にも、「近代的な観光地化をしつつある場所とは異なる、前近代的な場所」として残されていたのだといえます。

ちなみに谷崎は、『吉野葛』だけでなく『蘆刈』においても、「名所図会」のシリーズにならぶ『澱川両岸一覧』を参照しています。紀行的な性質がつよい作品において、地誌である「名所図会」の内容が物語世界を演出する格好の素材であると、谷崎は考えていたのかもしれません。

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