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 【リレーエッセイ 感染症と人類14】

ハエハエカカカ、感染予防

関本克良 准教授(総合教育研究センター:中国の「福祉」に関する研究 国際協力(開発)論)

大学院生の頃、元WHO顧問であった指導教官に同行して海外調査に出ていた時のことです。ある空港で元WHOのメンバーと食事していた時だったと思いますが、「ハエハエカカカこそが世界に誇る日本の公衆衛生である」と、その教官が話されました。もちろん、キンチョールの宣伝ではありません。

わが国において、衛生面での生活改善に関して、歴史的に顕著に表れている事例として挙げられるものに、1955年から60年ごろに実施された「蚊とハエのいない生活実践運動」があります。私の広島の生家は、小学校を卒業するまでは薪で焚くお風呂とくみ取り式の便所でした。夏になればハエ取り紙が家中に何本もぶら下がり、ハエたたきが家の中に何本も置いてあったものです。今ではハエたたきみることはほとんどありません。それこそ「蚊とハエのいない生活実践運動」の賜物なのです。

この「運動」で注目したいのは、感染症予防と公衆衛生政策における住民参加型開発として世界でも先駆的実践例になった点です。日本の自治会・町内会という住民自治組織の社会教育機能はすさまじいものがありました。農林省の職員が生活改善普及員となって地域の婦人会幹部と各家庭を巡回しましたが、この普及員と婦人会員の熱意はたいしたものでした。「普及事業とは教室をもたない、年齢を問わない、期限のない教育の仕事である」とし、その活動は「農家の人々とより親しくなり、自由な話し合いを通じ、農家の本当に困っている問題を見つけ出し、改善してくゆくのを援助していく」(下線は引用者)もので、住民の主体性を尊重していました。1960年代の日本で先駆的な参加型開発が実践されていたとは、1983年に参加型開発のバイブル的な著書であるRural Development: Putting the Last First(邦題『第三世界の農村開発』)を出版したロバート・チェンバースもさぞ驚くことでしょう。

その後、日本の国際協力機関であるJICAが住民参加型のマラリア対策を国際協力の現場で実践していきます。JICAは、まず殺虫剤や資材を供与する無償資金協力プロジェクトを行いました。その上で、コミュニティーの参加を主眼においたアプローチが有効であろうと考え、参加型アプローチを提言したのです。現地の地域住民組織内にCHW(コミュニティ・ヘルス・ワーカー)を組織し、①住民のマラリアに関する意識や行動についての調査、②マラリアについての意識を高めるための教育活動、そして、③蚊の発生源対策としての環境整備、の三つをおこなっています。医療専門家では対応できない、社会・文化的側面に配慮したこのアプローチは、国際協力機関としてのJICAの組織文化の中に「職人芸」として培われてきたといいます。こうしたJICAの開発政策に見られる住民参加型手法とその実践能力には、日本の地域住民組織が伝統的に身に着けてきた、住民参加型の社会教育という生活実践が生かされていると感じます。

開発のためには地域住民が自らの生活改善に主体的に参加することが重要です。ここでの「参加」とは、自分たちの生活に関係する政策の意思決定の過程に参加し、自分の意見を述べ、責任をもって決定に参画することを意味します。専門家が決定した政策を一方的に押し付けるのではない、この「参加(パーティシペーション)」の理念こそが、貧困削減に取り組む開発ワーカーや国際協力専門家に欠かせない実践哲学でなのです。この参加型開発手法が、戦後日本の「蚊とハエのいない生活実践運動」の中で見事に実践されていたことに驚きを禁じえません。

持続可能な開発目標(SDGs)の第6目標は「安全な水とトイレを世界中に」です。世界には衛生的なトイレを利用できない人が約24億人いると言われ、不衛生を原因とする下痢性疾患で1日800人以上の子どもが命を失っています。安全な水とトイレに関して明暗を分けるのは、石鹸で手を洗うかどうかです。私が子どものとき、便所から出て手を洗う習慣はありませんでした(汗)。今は毎日何度も手を消毒し、手を洗う習慣が定着しています。これはさしあたり新型コロナウイルスのためですが、決して無駄なことではありません。感染症予防に最大の力を発揮する手洗いを、当たり前の習慣として身につけ、世界の人々の安否を気遣い、一致団結して難関に立ち向かう今日の人類は、必ずやこのコロナ禍を乗り越えていくだろうと信じています。

最後に、天理大学では学生による海外ボランティアプログラムとして「国際参加プロジェクト」を実施しています。世界が抱えている問題を自分たちのこととして主体的に「参加」していく参加型開発を理想として取り組んでいます。皆さんの積極的な参加を期待しています。

【参考文献】
山中健太「戦後南予における「蚊とハエのいない生活」の展開」日常と文化研究会『日常と文化』(5)、2018年。
関なおみ「戦後日本の「蚊とハエのいない生活実践運動」-住民参加と国際協力の視点から」日本国際保健医療学会『国際保健医療』24(1)、2009年。
杉田映理「援助実施機関の組織文化と「住民参加」-タンザニア・マラリア対策プロジェクトの事例-」日本文化人類学会『民族學研究』64(3)、1999年。


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