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 【生涯学習】

《公開講座記録》【地域研究への招待】第1回 マヤ文明という記号 —観光におけるイメージ消費と真正性をめぐる議論—

第1回
●2022年6月11日(土) 午後1:30 
●テーマ: マヤ文明という記号 —観光におけるイメージ消費と真正性をめぐる議論—
●講師  初谷 譲次(地域文化学科 教授)

内容

海外旅行に行くと、空港の入国審査において必ず聞かれることがあります。「渡航の目的は何ですか」です。実は、このフレーズに観光の本質が隠れています。この質問の意味は、外国人であるあなたが「定住地」を離れてここに何をしにきたのか、ということですね。たしかに私たちの「日常」は定住地で暮らすことです。他方で、移動を伴う観光旅行は「非日常」的行為です。だから楽しいのです。歴史を振り返ると、人類は1万年ほど前に農耕を発明するまでは、狩猟採集の遊動生活を送っていました。つまり、「移動」が日常だったのです。農耕の発明によって、農地の近くに「定住」するという新しいライフスタイルが生まれました。その結果、富と権力を独占するごく一握りの支配者階級をのぞいて、人びとは土地を離れることを許されず、旅=移動とは無縁の生活を営むこととなります。お伊勢参りに代表されるような信仰を目的とした旅のみが許可され、聖地巡礼は観光の起源となりました。

ふたたび人びとが旅するようになるのは19世紀中頃のことです。観光の大衆化には、交通網の整備、旅行斡旋業者の登場、宿泊設備の充実等の旅のインフラ整備が不可欠のことでした。しかし、マスツーリズム成立のための決定的な要因は、コロンブスによる新大陸の「発見」によって始まった世界の一体化です。海の向こうには化け物が住む奈落が待ち受けているかもしれない。豊富な資金と航海技術によって異郷に飛び出したヨーロッパ人は世界中を丹念に探索し記録しつづけました。世界が閉じられた球体として認識されるまでにさほどの時間は要しませんでしたが、人びとが安全かつ快適に旅することを保障するほどの情報蓄積にはおよそ4世紀もの歳月を必要としたのです。ヴェルヌの『80日間世界一周』(1872年)は世界旅行がリアリティをもつ時代になったことを象徴しています。これを「世界の可視化」と呼び、観光旅行の前提と理解します。

先の入国審査での質問の回答は二択です。「仕事」か「楽しみ」かです。そして、観光は「楽しみ」を目的とする渡航です。したがって、安全が想定されない限りは取りやめるでしょう。たとえば、コロナ禍において「不要・不急」の渡航としてまっさきに自粛の対象となったのは観光旅行でした。ここで、観光とは「お金を払って娯楽を買う移動を伴う消費行動」と定義しておきましょう。

ところで、観光客はどのような場所やモノを観光対象としているのでしょうか。最初から本質的に観光に値する場所やモノが存在するのでしょうか。奈良には大仏殿や東大寺などいかにも観光対象になりそうなものが豊富です。では、そのようなものがない地域は観光する価値がないのでしょうか。観光学では「観光地だからお土産店があるのではなく、土産店があるからそこが観光地だとわかる」というフレーズを使います。見るからに立派な観光資源があっても、観光客を楽しませる努力をしないと観光してもらえません。逆に、自慢できるようなものがなくても工夫と努力をすれば観光地を育てることはできます。「おいしいラーメン屋だから行列ができるのではなく、行列ができているからおいしいとわかる」ということですね。

メキシコ、ガテマラのマヤ遺跡はとても人気のある観光スポットです。観光客はマヤ文明を謎めいた神秘的な文明として楽しみます。考古学による研究が進展し、学術的にはマヤ文明は謎でも神秘的でもないのですが、売る側も「神秘性」「謎」といったレッテルを使い続けます。そのほうが楽しいからです。旅先の安全情報は観光旅行に不可欠ですから、「世界の可視化」はその前提となりました。しかし、「世界の可視化」は世界から不可思議なものを枯渇させていきます。これを近代における「脱魔術化」と呼びましょう。しかし、「非日常」を楽しむ観光客にとって、「不可思議」「謎」は大好物です。つまり、観光は旅先の安全のために世界中を科学の光で照らして「可視化」しながら、同時に新たな不可思議なものを探し求め、「再魔術化」する無限ループを生み出す現象なのです。


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